人気ブログランキング | 話題のタグを見る

震災後2日目 水とうどん。

3月12日 雪

人の話声で目が覚めた。
「そうだ、地震があったんだ。」とぼんやりと思った。

昨夜は義理の両親たちの家に泊まった。と、言っても隣りなんだけど。
電気も水も止まったままだけど、薪ストーブがあるから家の中は暖かい。

夜になってからも余震が何度も起こり、そのたびに目が覚め、火をつけっぱなしの
薪ストーブが気になり、昨日の午後の地震の恐怖を思い出した。

度重なる余震におびえ、一晩中つけっぱなしにしていたラジオの声が頭にこだまする。
「行方不明が・・・名、・・・、若林区の荒浜で2、300名の遺体が発見されて・・・、取り残されて・・・」
あまりにもひどい現実がまるで悪い夢を見ているのではないかと錯覚させる。

でも、目が覚めて、人がいて、やっぱりこっちが現実なんだと思った。
昨日別れたぽにょはどうしたんだろう。避難所へ行っているんだろうか、あったかくして眠れたんだろうか?

余震でほとんど眠れなかった頭でぼんやりと考えていたら、
「おばちゃ~ん、新聞来てるんだよ」と義理めいが教えてくれた。
こんな大災害の翌日に新聞がくるなんてすごい。

新聞を受け取り、そこに印字されてる黒々とした見出しを見て息をのんだ。

「宮城 震度7 大津波」
「想定外の激震」
「津波 土砂崩れ 建物崩壊 火災・・・被災範囲は未曾有」

そして見開きの写真には、家が津波で流されている様子が写っていた。
そこはよく知っている場所なのに、まるで違う世界の写真のようだった。

事実なのに頭と心がそれを否定する。

紙面をめくると、津波に街が襲われる写真、避難所の校庭で座り込む人々、
そして仙台港が津波にのまれるところが連続で写っていた。
私、昨日、この近くにいたんだ、と無感情に思った。

一字一字拾うように文字を読み、写真を見て、ようやく現実とつながったような気がした。
そしてこれから先のことを考えると、どうしようもない喪失感に襲われた。

さらに昨夜からずっと気になっていた福島原発の事故。
ラジオで一晩中流れていたニュース。
福島にいる家族の顔が頭の中でチラついて離れない。
間違いであってほしいと思っていたが、紙面には
「原子力緊急事態を宣言」としっかり活字に刻まれている。

これからどうなるんだろう・・・。

巨人の前に立つ小さな小人のような、
どうしようもなく心もとない気持ちでいっぱいになった。

そして、私の前には現実的に大きな問題が立ちはだかっていた。
それは「水」である。

被害の大きさを考えれば当たり前だが、まだ水も電気も復旧していない。
電気はともかく水をどうにかしなくちゃ。

給水車はどうなっているんだろう。
昨夜まであんなに騒いでいた防災無線が今日は静かだ。
スピーカーで広報車が回っている様子もない。
町役場は?津波の被害に遭ったかも。
もしくは余震の津波を警戒して別なところに移っているかも?

ラジオは仙台のことしか言わないし、
義父に聞いたが答えは出ない。

何もわからない・・・。

あぁ、やっぱり災害用の水用意しておくべきだった。

後悔しても遅い。
とにかく水を確保せねば。

私は雪を集めることにした。
幸い今日も雪が降っている。
できるだけ降りたてのきれいな雪を集めて薪ストーブで溶かす。
給水が始まるまでこの雪を溶かした水でしのごう。

どこかのん気な義理家族を尻目に、
私はひとり、必死で雪を集めた。

昼になり、義母がご飯だと声をかけてきた。

テーブルに座り、出されたものを見て唖然とした。
目の前にあるのは、「うどん」だったのだ。

・・・そういえば、今朝、義母が「今日は寒いから昼はうどんにするから」
とか言っていたのを止めたのを思い出した。

だって、「うどん」ですよ?
家族は全部で8人、水の予備はなく、確保の見通しすら立っていないこの状況で!

うどんってゆでるだけで水使うでしょ、その水どうするんですか?
今、水ないんですよ?貴重な水なのにそれでうどんゆでてる場合じゃないですよ~。

と、義理の妹さんと一緒に止めたのに、それでもうどんを作る義母。

絶対、水がないっていうこの状況を理解してない。
私はそう確信した。

「お義母さん、このうどんはありがたくいただきます。でも、水は大事に使ってくださいね」
と念を押して、というかクギを刺して、うどんをいただいた。

こんなときにもマイペースな義母にちょっと腹はたったものの、
確かに、うどんは雪集めで冷え切った体にはあったかくておいしかった。

午前中、かなり精を出して雪集めしたからバケツ4、5杯分くらいの雪が溜まった。
明日分くらいの水にはなるかなと思い、午後は家の片付けをしようと、
火の気のない部屋に入る。

しんとした部屋は吐く息が白く見えるほど寒い。
しかし、避難所にいる人たちはもっと寒いんだ。
そう思うと、寒いなんて言っていられない気がした。

片付けてる最中も何度も余震が起こる。
また大地震が来るのかも、と思わせる大きな余震。
怖くてラジオをつけっぱなしにして作業した。

昨夜に引き続き、流れてくる情報は辛いものばかり。
まだ取り残されている人はいつ救助されるの?
生活はこの後どうなるの?原発は?

気が滅入ってくる。
義母にはああ言ったものの、思わず貴重な水で
インスタント・コーヒーを入れて飲んだ。
でも、大好きなコーヒーなのに一向に気は晴れない。

電気が通ってないから夜が早い。
6時前には夕飯だ。

夕飯にはなんとハンバーグと温野菜、味噌汁にご飯だった。
とても災害時とは思えないメニュー。

雪溶かして水にするといっても限界あるし、
いまだに給水情報すら入ってない状況なのに・・・。

お義母さん、やっぱり危機感ないでしょう?
と心の中であきれつつ、震災後2日目の夕飯を
薄暗い明かりの中でありがたくいただいた。
by zizo_cafe | 2011-03-21 23:03 | 震災後日記